ユウカは、友人のカフェでボランティアをしていた。
平凡な午後、数人の常連客が入れ替わり立ち替わり席に座り、のんびりと過ごしていた。
静かな店内に、カップの触れ合う音や、コーヒーミルの低い音が心地よく響いていた。
そのとき、ドアのベルがチリンと鳴り、見知らぬ男性が入ってきた。
ユウカはカウンター越しに挨拶しようとしたが、その男性は妙に不安そうな顔をしていた。
近づいてきた彼は、低い声で何かを言った。
しかし、ユウカにはその言葉が聞き取れなかった。
「…すみません、もう一度おっしゃっていただけますか?」
ユウカが尋ねた。
男性は再び言葉を発した。
だが、彼の口の動きと音が一致しない。
まるで彼が話している言葉が、口の動きと違う方向に流れていくような感覚だった。
ユウカはその不思議な感覚に戸惑いながらも、なんとか聞き取ろうと集中した。
「…パン?」
男性の口は確かに「パスタ」と動いていた。
しかし、ユウカの耳には「パン」としか聞こえない。
「パスタですね?」
ユウカは再確認したが、彼の反応は意外だった。
「そう、パン。」
と、男性は軽くうなずいた。
ユウカは一瞬混乱したが、深く考えずに笑顔を作って、「かしこまりました」と答えた。
メニューに「パン」はなかったが、なんとかサンドイッチを提供した。
男性はそれを受け取ると、満足げに微笑んで席についた。
その後も、店の中で彼と他のお客さんが何か話している声が聞こえるが、言葉があまりにも曖昧で、どこか夢の中にいるような感覚だった。
ユウカはふと耳を澄ませてみたが、まるで言葉が別の意味に変換されているかのようだった。
「…おかしい。何がどうなってるんだろう?」
その日の閉店後、ユウカは静かに自宅のベッドに横たわり、あの妙な出来事を思い返していた。
彼が本当に「パン」と言ったのか、そもそも自分が聞き間違えただけだったのか、答えはわからないまま、ユウカは目を閉じた。
マガーク効果について
マガーク効果っていうのは、目で見た口の動きと実際に聞こえる音が一致しないと、脳が別の音を作り出してしまう現象らしいです。
ユウカが感じた「パン」や「パスタ」も、もしかすると、この効果が関係していたのかもしれませんね。

