ヒナの頭の中には、ある日を境に、ずっと同じメロディが響き続けていた。
それはありふれたリズム、誰かが無意識に口ずさむような短い旋律で、特に美しいわけでも特別な思い出があるわけでもなかった。
けれど、その音の断片は彼女の意識の隙間にすっと入り込み、何かを囁くように絶え間なく流れ続ける。
朝、目が覚めてから、すぐにメロディが蘇る。
歯を磨きながら、頭の中でその旋律が静かに繰り返され、彼女の一日の始まりを知らせる。
会社での昼休み、コーヒーの香りに浸りながらぼんやりとしている時も、そのリズムが耳の奥で低く響いている。
ヒナはその音を何とか振り払おうとするが、ふと気づくとまた、旋律が戻ってきている。
ある夜、ひとりで歩いて帰宅していると、道ばたで立ち止まり、周囲を見渡した。
人気のない通り、冷たい風が木の葉を揺らし、遠くの街灯がぼんやりと光を落としている。
その時、彼女は無意識にそのメロディを口ずさんでいた。
すると、まるで風が彼女の声に耳を傾けているかのように、音が夜空に溶け込み、静かに広がっていく。
一瞬、ヒナはそれが彼女だけのメロディではないのかもしれない、と感じた。
彼女が気づく前に耳に入り込んで、今は彼女の中で静かに響き続けている。
ただの旋律が、ひとつの生命を持ったように、彼女の日常に寄り添っていたのだ。
頭の中で流れ続けるメロディ
一度耳にしたメロディがずっと頭の中でリピートされる現象、イヤーワームと呼ばれるものがあるらしいです。
脳が音楽に強く反応してしまうことから起こる現象だとか。
ヒナも、そんな静かな旋律に寄り添われていたのかもしれません。

